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別れた後の夜は、何を見ても色が薄く感じられることがあります。長い物語を読む元気はないけれど、何か一つだけ、心に残るものに触れてみたい。そんな夜に候補にしたいのが、芥川龍之介の短い小説『蜜柑』です。
『蜜柑』は、疲れて沈んだ気持ちの「私」が、汽車の中で一人の小娘と乗り合わせる話です。物語の大部分は、灰色で、退屈で、少し苛立った気分のまま進みます。けれど最後に、窓の外に鮮やかな色が降ってきます。この記事では、青空文庫で公開されている本文をもとに、物語を3つの場面に分けて読んでみます。後半の夜の読み方は、この記事の提案です。
※本文の引用は、青空文庫の『蜜柑』(底本:「蜘蛛の糸・杜子春」新潮文庫、新潮社)によります。作品の解釈には諸説あるため、この記事では本文に書かれていることを中心に紹介します。気持ちの落ち込みが長く続くときは、無理をせず、身近な人や専門の窓口に相談してください。
蜜柑はどんな作品?
青空文庫で読める短編
『蜜柑』は、青空文庫で公開されていて、無料で読むことができます。青空文庫の図書カードによると、初出は『新潮』1919(大正8)年5月で、底本は新潮文庫の『蜘蛛の糸・杜子春』です。
本文は、ゆっくり読んでも長くはかからない短さです。寝る前に一篇だけ読みたい夜でも、途中で疲れずに最後までたどり着けます。
物語のあらすじ
曇った冬の日暮れ、「私」は横須賀発の上りの汽車の二等客車に一人で座っています。発車の直前に、十三四の小娘が慌ただしく乗り込んできます。「私」は小娘の様子を好まず、夕刊を広げて存在を忘れようとします。やがて汽車がトンネルにさしかかると、小娘は窓を開けようとし始めます。そして、トンネルを抜けた先の踏切りで、物語は思いがけない場面を迎えます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 蜜柑 |
| 著者 | 芥川龍之介 |
| 初出 | 『新潮』1919(大正8)年5月 |
| 底本 | 「蜘蛛の糸・杜子春」新潮文庫 |
| 舞台 | 横須賀発の上りの汽車、二等客車 |
蜜柑を3つの場面で読む
物語を読む前に
3つの場面は、どれも汽車の中から見た景色です。読むときは、自分も二等客車の隅に座って、窓の外を眺めているつもりで読んでみると、場面の移り変わりがつかみやすくなります。暗い客車、トンネルの煙、踏切りの夕暮れと、光の変化に気をつけながら読むと、最後の蜜柑の色がいっそう鮮やかに感じられるはずです。急がず、一つの場面ごとに少し間をおいて読み進めてみてください。読み終えたあと、もう一度冒頭に戻ってみるのもおすすめです。
1. 曇った冬の日暮れ
物語は「或曇った冬の日暮である。」という一文で始まります。電燈のついた客車には、「私」のほかに乗客は一人もいません。外を覗くと、うす暗いプラットフォームには見送りの人影さえなく、檻に入れられた小犬が一匹、時々悲しそうに吠えています。
「私」は、これらがその時の自分の心持ちと不思議なくらい似つかわしい景色だった、と感じています。頭の中には云いようのない疲労と倦怠とが、まるで雪曇りの空のようなどんよりした影を落としていて、外套のポケットに入っている夕刊を出して見ようという元気さえ起こらなかった、と書かれています。
別れた後の夜に読むと、この冒頭の重さに、少し自分を重ねてしまう人もいるかもしれません。何もする気が起きない、という気持ちが、そのまま景色として描かれているようにも読めます。
2. 隧道と重い硝子戸
発車の笛が鳴ると同時に、日和下駄の音とともに小娘が乗り込んできます。小娘は大きな風呂敷包みを抱え、霜焼けの手の中に三等の赤切符を大事そうに握っています。「私」はその顔立ちも服装も好まず、二等と三等の区別さえわきまえない心が腹立たしい、とまで感じます。
夕刊を広げても、紙面は平凡な出来事ばかり。「私」は、トンネルの中の汽車と、田舎者の小娘と、平凡な記事に埋まった夕刊とを、不可解な、下等な、退屈な人生の象徴だと感じ、すべてがくだらなくなって目をつぶります。
ふと気づくと、小娘は「私」の隣に席を移し、重い硝子戸を開けようとしています。汽車がトンネルにさしかかろうとしているのに、なぜわざわざ窓を開けるのか、「私」には理由が呑みこめません。そして汽車がトンネルになだれこむと同時に硝子戸が落ち、どす黒い煙が車内に流れ込んで、「私」は息もつけないほど咳きこみます。
3. 踏切りに降る蜜柑
トンネルを抜けると、汽車は貧しい町はずれの踏切りに通りかかります。柵の向こうには、頬の赤い三人の男の子が並んで立っていて、汽車に向かって一斉に手を挙げ、声を張り上げます。
その瞬間、窓から半身を乗り出していた小娘が、霜焼けの手を伸ばして勢いよく左右に振ると、「心を躍らすばかり暖な日の色に染まっている蜜柑が凡そ五つ六つ」、子どもたちの上へばらばらと降ってきます。「私」は思わず息を呑み、刹那に一切を了解します。小娘は、おそらくこれから奉公先へ向かうところで、懐に入れていた蜜柑を窓から投げて、わざわざ踏切りまで見送りに来た弟たちの労に報いたのだ、と。
| 場面 | 本文に出てくるもの | 色や光 |
|---|---|---|
| 1. 冬の日暮れ | 空の客車、小犬、夕刊 | 曇り、うす暗い |
| 2. 隧道 | 小娘、三等の赤切符、重い硝子戸 | 電燈、どす黒い煙 |
| 3. 踏切り | 三人の男の子、蜜柑 | 暖な日の色 |
物語の最後の一文
煙の中で外を見る小娘
蜜柑が降る直前、硝子戸が落ちて煙が流れ込んだあとの場面も印象的です。咳きこむ「私」に頓着する気配も見せず、小娘は窓から外へ首を伸ばし、闇を吹く風に銀杏返しの鬢の毛をそよがせながら、じっと汽車の進む方向を見やっています。本文には、もう窓の外が見る見る明るくなって、土の匂いや枯草の匂いや水の匂いが冷ややかに流れこんでこなかったら、「私」はこの見知らない小娘を頭ごなしに叱りつけてでも、元の通り窓の戸をしめさせたに違いなかった、と書かれています。
「私」にとっては迷惑でしかなかった行動が、次の瞬間には、まったく違う意味を持って見えてくる。その切り替わりの直前に、匂いや明るさといった感覚の描写がはさまれているところも、読み返すと味わい深い部分です。
心に焼きついた光景
本文では、暮色を帯びた町はずれの踏切りと、小鳥のように声を挙げた三人の子どもたちと、その上に乱れ落ちる鮮やかな蜜柑の色とが、汽車の窓の外を瞬く間に通り過ぎた、と書かれています。それでも「私」の心の上には、切ないほどはっきりと、この光景が焼きつけられた、とされています。そしてそこから、得体の知れない朗らかな心持ちが湧き上がってくるのを意識します。
小娘は変わらないまま
面白いのは、小娘の様子そのものは変わっていないことです。小娘はいつか元の席に戻り、相変わらず皸だらけの頬を萌黄色の毛糸の襟巻に埋め、大きな風呂敷包みを抱えた手に、しっかりと三等切符を握っています。変わったのは、小娘を見る「私」のまなざしのほうだと読めます。
物語は、「私はこの時始めて、云いようのない疲労と倦怠とを、そうして又不可解な、下等な、退屈な人生を僅に忘れる事が出来たのである。」という一文で終わります。「忘れる事が出来た」の前に「僅に」と添えられているところに、気持ちがすっかり晴れたわけではないけれど、ほんの少しだけ軽くなった、という手ざわりが感じられます。
別れた後の夜に蜜柑を読むなら
ここからは、青空文庫の本文をもとにした、この記事の提案です。
冒頭の重さを無理に払わない
別れた後は、物語の「私」のように、何をする元気も起きない夜があるかもしれません。『蜜柑』は、そんな気分を無理に明るくしようとせず、最後の場面まで重いまま進みます。読みながら、今の自分の気持ちを否定せずにそのまま置いておく、という読み方もできます。
色に注目して読む
『蜜柑』には、曇り空、うす暗いプラットフォーム、どす黒い煙と、色の少ない景色が続きます。だからこそ、最後に降ってくる蜜柑の色が鮮やかに目に浮かびます。読み終えたら、今日見たものの中で、少しでも色が残っているものを一つ思い出してみるのもいいかもしれません。
本物の蜜柑を一つ用意する
冬の夜なら、手元に蜜柑を一つ置いて読むのもおすすめです。皮をむいたときの香りや、手に残る色が、物語の最後の場面と重なって感じられるかもしれません。食べ物の好みや体調に合わせて、無理のない範囲で楽しんでください。
一度で全部わからなくていい
「私」の小娘に対する見方には、今読むと冷たく感じられる言葉もあります。物語の感じ方は人によって違うので、一度読んで何も感じなくても大丈夫です。別の夜に読み返したとき、違う場面が心に残ることもあります。
読み終えたら明かりを落とす
読み終えたら、スマホや本を閉じて、部屋の明かりを少し落としてみましょう。物語の最後に「私」が感じた、ほんの少しだけ軽くなった心持ちのまま、温かい飲み物を飲んだり、ひざ掛けにくるまったりして、ゆっくり眠る準備をするのもいいかもしれません。別れた後の夜は、つい元恋人のことを考えてしまいがちですが、物語の景色を一つ思い浮かべて目を閉じると、考えごとから少し離れられることもあります。
誰かに話してみる
心に残った場面があったら、信頼できる友人や家族に、物語の話として伝えてみるのも一つの方法です。自分の気持ちを直接話すのはまだつらくても、物語の感想なら話しやすいこともあります。「蜜柑が降ってくる場面がよかった」とひと言伝えるだけでも、誰かとつながっている感覚を少し取り戻せるかもしれません。相手の都合も考えて、短いメッセージから始めてみましょう。眠れない夜が続くなど、つらさが長引くときは、ひとりで抱えずに医療機関や相談窓口も頼ってください。
| 夜の過ごし方 | この記事の提案 |
|---|---|
| 気分が重いとき | 冒頭の重さをそのまま読む |
| 読み終えたら | 今日見た色を一つ思い出す |
| 冬の夜 | 蜜柑を一つ手元に置く |
| わからなかったとき | 別の夜にまた読む |
| 読み終えたら | 明かりを落として眠る準備をする |
蜜柑のよくある質問
どのくらいで読める?
短い作品なので、ゆっくり読んでもあまり時間はかかりません。寝る前の一篇にも向いています。
無料で読める?
青空文庫で公開されていて、ウェブブラウザでそのまま読むことができます。
紙の本で読みたいときは?
青空文庫の底本は、新潮文庫の『蜘蛛の糸・杜子春』です。ほかの出版社の短編集に収められていることもあるので、購入前に収録作品を確かめてください。
小娘はなぜ窓を開けたの?
本文では、小娘はおそらくこれから奉公先へ向かうところで、踏切りまで見送りに来た弟たちに蜜柑を投げて労に報いた、と「私」が了解する場面が描かれています。
別れた後の夜に蜜柑の色を一つ
芥川龍之介の『蜜柑』は、曇った冬の日暮れ、トンネル、踏切りの3つの場面で、灰色の景色から鮮やかな蜜柑の色へと移っていく短い物語です。最後の一文の「僅に」という言葉のように、ほんの少しだけ心が軽くなる夜もあるかもしれません。別れた後の夜に、一篇だけ読んでみませんか。