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別れた後の夜は、人の気持ちが細かく書かれた物語を読むのがつらいことがあります。宮沢賢治の『やまなし』は、谷川の底にいる蟹の親子の話で、恋の話は出てきません。短い作品なので、一篇だけ読みたい夜に向いています。この記事では、本文に書かれていることをたどりながら、読みどころを紹介します。
この記事では、青空文庫の宮沢賢治『やまなし』の本文をもとに、『やまなし』の五月と十二月について5つのポイントで整理します。後半の、別れた後の夜に『やまなし』を読むときの読み方は、この記事の提案です。
※この記事は、2026年10月時点で青空文庫に掲載されている内容をもとにしています。引用は青空文庫の本文によります。感じ方は人それぞれなので、ここで書く読み方は一つの例です。
『やまなし』はどんな作品か
二枚の幻燈
冒頭は「小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈です。」という一文で始まります。物語は、語り手が幻燈を見せるという形で進みます。
五月と十二月
一枚目は「一、五月」、二枚目は「二、十二月」です。同じ谷川の底を、季節を変えて二回見せる構成になっています。
終わりの一文
最後は「私の幻燈はこれでおしまいであります。」で終わります。始まりと終わりがはっきりしているので、読む時間の見通しが立てやすい作品です。途中でやめても、どこまで読んだかがわかりやすい構成です。
| 場面 | 主な出来事 |
|---|---|
| 一、五月 | クラムボンの会話、魚、かわせみ、樺の花 |
| 二、十二月 | 泡くらべ、やまなしが落ちてくる、お酒の話 |
| 結び | 私の幻燈はこれでおしまいであります。 |
『やまなし』を読む 5つのポイント
1. 「クラムボン」はわからないまま
二疋の蟹の子供らは「クラムボンはわらったよ。」と話しますが、クラムボンが何かは本文では説明されません。なぜ笑ったのかを聞かれても、「知らない。」と答えています。
2. 五月は光と怖さ
五月の場面では、日光の黄金が水の中に降ってきますが、かわせみが飛び込み、魚は見えなくなります。
3. 父の「大丈夫だ」
震える子供らに、お父さんの蟹は「大丈夫だ、安心しろ。」と声をかけ、流れてきた樺の花を見せます。
4. 十二月は月の光と泡くらべ
十二月の場面では、月光が水の底まで透きとおり、兄弟は泡の大きさをくらべます。
5. やまなしを待つ
落ちてきたのはかわせみではなく、やまなしでした。お父さんの蟹は、二日ばかり待つとひとりでにおいしいお酒ができると言い、三疋は穴に帰っていきます。
5つのポイント早見表
| ポイント | 青空文庫の案内 |
|---|---|
| 「クラムボン」はわからないまま | 正体は書かれない |
| 五月は光と怖さ | 光と、かわせみの怖さ |
| 父の「大丈夫だ」 | 怖いときに花を見せる |
| 十二月は月の光と泡くらべ | 月光と、兄弟の泡くらべ |
| やまなしを待つ | 二日ばかり待つ |
幻燈という見せ方
語り手がいる
『やまなし』は、蟹の親子の話を、語り手が「私の幻燈」として見せる形になっています。物語の外側に、見せている人がいることがわかります。
説明しすぎない
幻燈は絵を見せるものなので、蟹たちの気持ちは、会話としぐさで伝えられます。居すくまる、首をすくめる、泣きそうになるといった動きから、気持ちを想像しながら読めます。
二枚で終わる
幻燈は二枚だけです。五月のあとに夏や秋の場面は描かれず、十二月の冒頭で、底の景色が夏から秋の間にすっかり変わったと短く書かれるだけです。
一、五月の谷川
クラムボンの会話
兄弟は「クラムボンはかぷかぷわらったよ。」とくり返します。やがて「クラムボンは死んだよ。」「殺されたよ。」と言葉が変わりますが、理由を聞かれた兄は「わからない。」と答えます。
行ったり来たりする魚
魚は水の中の黄金の光をくちゃくちゃにしながら、上流と下流を行き来します。弟がなぜかと尋ねると、兄は「何か悪いことをしてるんだよとってるんだよ。」と答えます。
かわせみが飛び込む
天井に白い泡が立ち、青光りする鉄砲弾のようなものが飛び込んできます。魚の白い腹がぎらっと光り、それきり魚の形は見えなくなります。
声も出ない兄弟
二疋は「まるで声も出ず居すくまって」しまいます。何が起きたかをすぐには言葉にできない様子が書かれています。
父の言葉と樺の花
「そいつは鳥だよ」
お父さんの蟹は、子供らの話を聞いて「そいつは鳥だよ。かわせみと云うんだ。」と名前を教えます。正体がわからなかったものに、名前がつく場面です。
「魚はこわい所へ行った」
魚の行方を聞かれたお父さんは、「魚はこわい所へ行った」と答えます。ごまかしたり、明るい話に変えたりはしていません。
花びらを見せる
「こわいよ、お父さん。」という子供らに、お父さんは「心配するな。」と言い、流れてきた樺の花を「ごらん、きれいだろう。」と見せます。それでも弟は「こわいよ」と言い、場面は花びらの影が砂をすべるところで終わります。
二、十二月の谷川
変わった底の景色
蟹の子供らはもうよほど大きくなり、底の景色も夏から秋の間にすっかり変わったと書かれています。白い円石や水晶の粒、金雲母のかけらも流れてきます。
ラムネの瓶の月光
冷たい水の底まで、ラムネの瓶の月光がいっぱいに透きとおっていると書かれています。波の音が遠くからひびいてくるだけの、静かな夜です。
泡くらべ
兄弟は、どちらの泡が大きいかでくらべ合います。お父さんは「それは兄さんの方だろう」と言い、弟は泣きそうになります。
やまなしが落ちてくる
トブンという音
黒い円い大きなものが天井から落ちてきて、子供らは「かわせみだ」と首をすくめます。
「あれはやまなしだ」
お父さんの蟹は、眼をあらん限り延ばしてよくよく見てから、「そうじゃない、あれはやまなしだ」と言います。水の中は、やまなしのいい匂いでいっぱいになります。
六つの影
三疋はやまなしのあとを追い、横歩きと、底の黒い三つの影法師が、合わせて六つ踊るようにして、やまなしの円い影を追ったと書かれています。
もう二日ばかり
やまなしが枝にひっかかって止まると、お父さんは「もう二日ばかり待つとね、こいつは下へ沈んで来る」と言い、今夜は帰って寝ようと子供らを連れて帰ります。
色と光の言葉
青と鋼
五月の水の上の方や横の方は、「青くくらく鋼のように見えます」と書かれています。冒頭の「二枚の青い幻燈」とあわせて、青い色がくり返し出てきます。
水銀と黄金
蟹の子供らが吐いた泡は「水銀のように光って」のぼっていきます。日光は「黄金」として水の中に降ってきて、波から来る光の網が底の白い磐の上でのびたりちぢんだりします。
青じろい火
十二月の天井では、波が「青じろい火を、燃したり消したりしているよう」と書かれています。最後には波が青じろい焔をあげ、金剛石の粉をはいているようだったと結ばれます。
色をたどって読む
光や色の言葉に印をつけながら読むと、五月と十二月で水の底の明るさがどう違うかが見えてきます。
| 場面 | 光や色の言葉 |
|---|---|
| 五月 | 青くくらく鋼、水銀、日光の黄金、光の網 |
| 十二月 | ラムネの瓶の月光、青じろい火、月光の虹、金剛石の粉 |
兄弟とお父さんの会話
兄が弟の頭に脚をのせる
五月の場面で、兄さんの蟹は右側の四本の脚の中の二本を、弟の平べったい頭にのせながら話します。怖い話をしているときの兄弟の距離が書かれています。
「イサドへ連れて行かんぞ」
十二月、泡くらべをしている兄弟に、お父さんは「もうねろねろ。遅いぞ、あしたイサドへ連れて行かんぞ。」と言います。イサドがどこかは本文では説明されません。
弟は泣きそうになる
泡の大きさを聞かれたお父さんが「それは兄さんの方だろう」と答えると、弟は「僕の方大きいんだよ」と言い、泣きそうになります。小さな言い合いのすぐあとに、やまなしが落ちてきます。
五月と十二月をくらべる
上から来たもの
五月に上から来たのはかわせみで、十二月に上から来たのはやまなしでした。どちらも子供らは最初、怖いものだと思っています。
父のふるまい
五月のお父さんは、怖がる子供らに花を見せます。十二月のお父さんは、落ちてきたものをよく見てから、やまなしだと教えます。
| 五月 | 十二月 | |
|---|---|---|
| 光 | 日光の黄金 | ラムネの瓶の月光 |
| 上から来たもの | かわせみ | やまなし |
| 子供らの様子 | 声も出ず居すくまる | かわせみだと首をすくめる |
| 父の言葉 | 大丈夫だ、安心しろ | あれはやまなしだ |
別れた後の夜に『やまなし』を読むときの読み方
ここからは、青空文庫の案内をもとにした、この記事の提案です。
五月だけで閉じてもいい
五月の場面は、怖さのまま終わります。読む元気が少ない夜は、五月だけ読んで本を閉じても、話の区切りとしては成り立ちます。
十二月は別の夜に
十二月の場面は、静かな月の夜と、待つことの話です。日をあけて読むと、二枚の幻燈を一枚ずつ見る形になります。
わからない言葉はそのままに
クラムボンが何かは、本文では説明されません。答えを探さずに、わからないものとして読んでみるのも一つの読み方です。
気になった一文を書き写す
「もう二日ばかり待つとね」など、目にとまった一文を一つだけ手帳に書いておくと、読んだ夜のことを短く残せます。
よくある質問
『やまなし』はどこで読める?
青空文庫で本文を読むことができます。
クラムボンとは何?
本文では説明されていません。蟹の子供らも、なぜ笑ったのかを聞かれて「知らない。」と答えています。
恋の話は出てくる?
出てくるのは、蟹の兄弟とお父さん、魚、かわせみ、やまなしです。恋の話は出てきません。
どのくらいの長さ?
五月と十二月の二つの場面からなる短い作品です。
怖い場面はある?
五月の場面で、かわせみが飛び込み、魚が見えなくなります。お父さんは「魚はこわい所へ行った」と答えます。
やまなしはどうなる?
枝にひっかかって止まり、お父さんはもう二日ばかり待つと下へ沈んで来て、ひとりでにおいしいお酒ができると言います。
『やまなし』は二枚の幻燈を一枚ずつ読める短い作品
宮沢賢治の『やまなし』は、谷川の底の五月と十二月を、二枚の青い幻燈として見せる短い作品です。五月は光とかわせみの怖さ、十二月は月の光とやまなしを待つ夜が書かれています。別れた後の夜には、一枚ずつ、ゆっくり読んでみてください。